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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)8403号 判決 1983年3月29日

原告 東京都

右代表者東京都知事 鈴木俊一

右訴訟代理人弁護士 木下健治

被告 林隆三

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物部分を明け渡せ。

二  被告は、原告に対し、昭和五六年三月一日から前項の明渡しずみまで月二万五〇〇円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り、仮に執行できる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一ないし第三項と同旨の判決及び仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和四八年七月一六日、被告に対し、東京都営住宅条例(昭和二六年東京都条例第一一二号、以下、単に「条例」という。)に基づき都営住宅である別紙物件目録記載の建物部分(以下「本件建物」という。)につき使用許可を与え、これを引き渡した。

2(一)  被告は、昭和五二年三月三一日ころ、訴外新井努を本件建物に入居させ、自身は千葉県市川市に転居した。

右の被告の行為は、公営住宅法(以下、単に「法」という。)二一条二項、条例一四条に定める転貸又は使用権の譲渡に該当する。

(二) 原告は、被告に対し、昭和五六年二月二五日に到達した書面により、法二二条一項四号、条例二〇条一項五号に基づき本件建物の使用許可を同月二八日限り取り消す旨の意思表示をした。

なお、右書面は、内容証明郵便により千葉県市川市の被告住所に送付され、昭和五六年二月二五日に行徳郵便局の郵便集配人が配達に赴いたが、被告が不在であったため、右集配人は、不在配達通知書を被告の郵便受函に投入し、右内容証明郵便を一〇日間行徳郵便局に保管する旨通知した。従って、右書面による意思表示は同日被告に到達したというべきである。

3  仮に右2の主張が認められないとしても、

(一) 原告は、昭和五六年一二月一五日の本件口頭弁論期日において、条例二〇条一項六号に基づき本件建物の管理上必要があることを理由に本件建物の使用許可を取り消す旨の意思表示をした。

右使用許可取消しの意思表示は、借家法(民法)の解約申入れの効力を有する。

(二) 右(一)の使用許可取消しについては次のとおり管理上の必要があり、これは借家法一条ノ二の正当事由にも該当する。

(1) 被告は、昭和五二年四月ころ、千葉県市川市南行徳三丁目八番地所在の南行徳ハイツC棟七〇九号室(以下「被告所有建物」という。)を購入した。

右被告所有建物は、六畳の洋室が二室、六畳の和室が一室、一一畳のダイニングキッチンが一室で床面積が六九・八八平方メートルと本件建物の約一・五倍の広さがあり、営団地下鉄線南行徳駅から徒歩七、八分の距離に所在して都内への交通の便も良く、また隣りの行徳駅附近には商店街、医院も多く、被告所有建物から約一キロメートルの所には公立葛南病院が所在する等、生活に至便である。

(2) 都営住宅(公営住宅)は、住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とするものであり(法一条)、その使用者は、公募により、現に住宅に困窮していることが明らかであること、収入が一定額以下であること等の要件を充足する者の中から一定の厳格な選考手続を経て決定される(法一六ないし一八条、条例四ないし八条)ものであるところ、前記(1)のような建物を所有する被告が住宅困窮者に該当しないことは明らかである。従って、被告に都営住宅である本件建物の使用を許すことは右の法令の趣旨からも到底許されないばかりか、これを認めると、都営住宅の管理について近隣者の不信を招くこととなり、都営住宅の管理運営上重大な支障をきたす。

また、本件建物が明け渡された場合の使用申込者の応募倍率は一〇倍以上と推測される。

4  本件建物の昭和五六年二月当時の使用料は月額二万五〇〇円である。

よって、原告は、被告に対し、第一次的には条例二〇条一項五号による昭和五六年二月二八日の使用許可取消しに基づき、第二次的には同条一項六号による昭和五六年一二月一五日の使用許可取消しに基づき本件建物の明渡しを求めるとともに、昭和五六年三月一日から右明渡しずみまで月額二万五〇〇円の割合による金員(条例二〇条一項五号による取消しの場合は使用料相当損害金、同条一項六号による取消しの場合は、取消しの効力発生日までは使用料、その翌日以降は使用料相当損害金)の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  請求の原因2の(一)の事実について、新井努を本件建物に入居させたことは認めるが、被告が市川市に転居したことは否認する。本件建物の転貸又は使用権の譲渡に該るとの主張は争う。新井は被告の長女の夫であり、被告と一時的に同居したにすぎない。

同(二)の事実は否認する。

3  請求の原因3の(一)の意思表示があったことは認める。

同(二)は争う。被告が被告所有建物を購入したことは認めるが、これは、勤務先の会社が建築したものを当時受験期にあった長男を居住させるために購入したものであり、現在はその売却も考慮している。被告は、昭和二九年以来東京都江戸川区の都営住宅に入居していたが、昭和四八年にその建替えのため都から立退を求められ、代替住宅として提供された本件建物に永住の意思をもって入居したものであり、現在は被告及びその妻ともに老令で病気がちであるところ、本件建物附近には、被告家の墓地、病院、銀行等があって買物も便利であり、また被告の長女、知人等も居住している。

4  請求の原因4の事実は認める。

三  抗弁

仮に本件建物に新井努を入居させたことが同建物の転貸又は使用権の譲渡に該るとしても、原告は、昭和五三年ころこれを承諾した。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  使用許可について

請求の原因1の事実については当事者間に争いがない。

二  無断転貸・使用権譲渡による使用許可取消しについて

被告が昭和五二年三月三一日ころ新井努を本件建物に入居させたことについては当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、新井は、住民登録上、昭和五〇年三月に本件建物を住所とする転入届出をして被告と同一世帯に入り、同年六月にはいったん転出届をしたが、昭和五二年二月二二日に再び被告と世帯を同じくする転入届出をしたこと、一方被告は、住民登録上、昭和四八年以来、妻ヨシ子、長男邦彦及び長女愛子と本件建物で同一世帯を構成していたが、昭和五二年四月一日、ヨシ子及び邦彦とともに千葉県市川市の被告所有建物に翌二日に転出する旨の届出をしたこと、そして右の変動に伴い、同月一日に本件建物における世帯主を被告から新井へ変更する旨の届出がなされたこと、以上の事実を認めることができる。しかしながら他方、《証拠省略》によれば、新井努は、昭和五二年三月三一日に被告の長女である愛子と婚姻届出をしたこと、新井は、それまでも約二年の間、しばしば本件建物に寝泊りしていたが、愛子との結婚後は、被告夫婦が老令であり、新井夫婦の通勤の便も良いこと等から本件建物に同居するようになり、六畳、四畳半、三畳に台所の本件建物のうち四畳半を新井夫婦が使用したこと、そのころ被告は、千葉県市川市の被告所有建物を購入し、その代金の融資手続上の必要から、ヨシ子及び邦彦とともに住民登録を前記のとおり同建物に移したが、実際の生活は本件建物で継続していたこと、その後邦彦が独立のため被告所有建物に移り、ヨシ子は同建物と本件建物を往復するようになったが、被告は新井夫婦とともに本件建物での生活を続けたこと、そして昭和五三年三月、被告は東京都の担当者から注意を受けたため、ヨシ子及び邦彦とともに住民登録を本件建物に戻したこと、以上の事実が認められ、これらの諸事実を総合考慮すると、本件建物が公営(都営)住宅であることを斟酌しても、被告が新井努を本件建物に入居させたことをもって本件建物の転貸又はその使用権の譲渡とみることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

よって、その余の点を判断するまでもなく、条例二〇条一項五号による使用許可取消しの主張は理由がない。

三  管理上の必要による使用許可取消しについて

1  請求の原因3の(一)の事実(条例二〇条一項六号による取消しの意思表示)については当事者間に争いがない。

ところで、東京都営住宅条例は、公営住宅法二五条一項の規定に基づき制定されたものであるところ、公営住宅の使用関係の法的性質は賃貸借であり、それについては、まず特別法である公営住宅法が適用されるが、同法の規定しない事項については借家法及び民法が適用されると解されるから、前記公営住宅法の規定に基づき制定される条例は、公営住宅法のみならず民法及び借家法の明文の規定又はその趣旨に反することをえないというべきである。そして条例二〇条一項六号は、知事が使用許可の取消し又は住宅の明渡し請求をなしうる事由として、「都営住宅の管理上必要があると認めたとき」を規定するが、法(公営住宅法)には右事由により使用許可取消し又は明渡請求を認める規定はなく、また右規定が条例独自の使用許可取消し・明渡請求事由を定めたものであるとすると、右規定が借家法一条の二、六条に反することは明らかである。従って、右規定は、借家法一条の二の正当事由による解約申入れの制限と同じ趣旨を都営住宅について定めたものと解するのが相当であり、右規定により使用許可の取消しがなされた場合には、借家法三条一項により取消しの日から六か月を経過したときに都営住宅の使用関係が終了するというべきである。

2  よって、次に原告のなした前記本件建物使用許可取消しに、条例二〇条一項六号の管理の必要性、借家法一条の二の正当事由があるか否かにつき判断すると、被告が昭和五二年四月ころ被告所有建物を購入したことについては当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告所有建物は、床面積が六九・八八平方メートルで、六畳の和室一室、六畳の洋間二室、一一畳の台所兼居間一室を有し、営団地下鉄東西線の南行徳駅から約六〇〇メートルの距離に所在すること、被告は、本件建物の購入代金につき融資を受け、住宅金融公庫に対しなお約五〇〇万円の債務が残存するが、年金からの収入が月平均一六万円程あるほか、長女からも経済的援助を受けており、月額二万七、八千円の右債務の返済を遅滞したことはないこと、以上の事実が認められ、これらの諸事実に前記二で認定の被告の家族構成を考えると、被告は、現在では都営住宅の入居資格である「住宅に困窮していることが明らかな者」(法一七条、条例五条)に該当しないというべきであり、右認定判断を左右するに足りる証拠はない。

そこで、更に被告の本件建物使用の必要性についてみると、《証拠省略》によれば、被告は、昭和四八年に、従前居住していた江戸川区の都営住宅の建替えのためその立退きを求められ、代替住宅として本件建物に入居したが、その際本件建物に永住する意思であったこと、被告所有建物は長男邦彦のために購入したものであるが、同人の自立を阻害するため、被告はこれを売却する意思を有していること、被告は現在六七才、妻ヨシ子は五七才であり、被告は糖尿病等の疾患により病院通いをしていること、本件建物の近くには長女夫婦が居住し、被告家の墓があることが認められ、また本件建物附近が生活に至便な地であることは公知の事実である。しかしながら他方、被告所有建物の所在場所は前記認定のとおりであって、東京都と千葉県の境に位置し、都内への交通の便も良く、《証拠省略》によれば、本件建物附近には公立の病院があり、買物等の生活の便も良いこと、被告の長男邦彦は現在は被告所有建物を出てアパートに居住していること、本件建物の使用料は月額二万五〇〇円である(後記のとおり争いがない。)のに対し、被告所有建物については前記債務の弁済の他は管理費として月額八〇〇〇円を要するのみであり、同建物を売却することなくこれに移転した場合の被告の経済的負担は小さいことが認められ、これらの諸事実に加え、被告の本件建物居住期間はいまだ一〇年に満たないこと、被告所有建物は前記のとおり本件建物の約一・七倍の床面積で十分な広さがあり、場合によっては長女夫婦との同居も可能であること、本件建物の使用状況は前記二で認定のとおりであったことを総合考慮すれば、被告の本件建物使用の必要性が大きいとはいえず、他に右認定判断を左右するに足りる証拠はない。

右のとおり、被告は既に住宅困窮者に該当せず、本件建物使用の必要性も大とはいえないと認められるのに対し、公営住宅は、これを住宅に困窮する低額所得者に対し低廉な家賃で賃貸することにより国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とするものであり(法一条)、東京都知事は右目的にそって都営住宅を管理する責務を負うところ、東京都内において右目的にそった公営住宅の供給がなお十分でないことは公知の事実であり、《証拠省略》によれば、被告が本件建物を明け渡した場合、新たな入居者は公募により決定されるが、その応募倍率は一〇倍を越えると予想されることが認められる。

以上の諸事実を総合勘案すると、原告が昭和五六年一二月一五日になした本件建物の使用許可の取消しには、条例二〇条一項六号の都営住宅の管理上の必要性とともに借家法一条の二の正当事由もあるというべきである。

3  従って、原告と被告の本件建物使用関係は、右取消しの日の六か月後である昭和五七年六月一五日の経過により終了した。

四  使用料及び損害金について

請求の原因4の事実については当事者間に争いがない。

五  結論

以上の次第により原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条(建物部分明渡しについての仮執行宣言の申立ては相当でないから却下する。)をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木健太)

<以下省略>

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